GNO2「ブレイクタイム」

少年のような人だと思った。
いつまでも、思春期の病にとりつかれているような、そんな危なっかしさ。
あたしが、初めて赤い彗星に抱いた思いは、そういうものだった。




「シャア少佐」
「ん? あぁ、大尉か」
キリマンジャロの砂を含んだ風が、あたしたちの間に吹いていた。
地球に降りてきて、二度目の作戦。
少佐が現地部隊に配属される、そう聞いたとき、あたしは密かにはしゃいでいた。
彼は、ジオンのエースで、ルウム戦役の英雄で、とにかくお近づきになりたいと思っている女の子はたくさんいたはずだ。
むろん、あたしもそのうちの一人だった。
「なにか用かな?」
「い、いえ……この間の戦闘では、ありがとうございました」
「あぁ……、なに、たいしたことではないよ」
彼は、本当にたいしたことではなさそうに笑った。
ひょっとしたら、覚えてないのかもしれない。
それもそうか。まごまごしているひよっこを、デプロックのミサイルから助けるなんて、少佐には日常茶飯事なんだろうし。
でも、あたしには重大なことだったのだ。
あこがれの人に話しかけるチャンスを、ずっとずっと待ってた。
「そ、それで……あの、もしよろしければ、コーヒーでもっ」
「私もちょうど、一息入れようかと思っていたところでね。では、ご一緒させてもらおうか」
仮面の奥の瞳は見えなかったけど、薄い唇が笑みの形をとった。
それだけで、あたし、目の前にピンクの薔薇が見えた。



めずらしいことに、コーヒールームには、誰もいなかった。
ボタンを押して、青いプラスチックのカップにコーヒーを注ぎ込む。
ふわり、と上等なコーヒー豆の匂いがした。
「ありがとう」
「いえ」
カップを渡す時に、指先が、ほんのわずか触れた。
どきりとしているのが、あたしだけだってことは、当たり前なんだけど、少し寂しい。
この人の目に、あたしが映ることってあるんだろうか。
湯気をたてるカップにそっと口をつけながら、こっそり隣をみた。
少佐が、同じようにコーヒーを飲んでる。
軽く開けられた薄い唇が、カップに触れているのを見ているだけなのに、なんだかひどくどきどきした。
「うまいな」
「えと、その……地元の方から、お裾分けしていただいたそうでっ」
「あぁ、そういえば、大尉の所属する大隊には、高名な補給小隊がいたな」
「はっ、はいっ、ミナヅキ小隊ですね。あの、彼女、すごいはりきっててっ」
「そんなに緊張することもない」
「あっ、えっ、あのっ……」
いきなり言われたって困る。
「上官と一緒では、やはりくつろげないかな」
そんなことない。
ぶんぶんと、激しくあたしは首を振った。
あぁ、もう、なんでもっとスマートにできないかな。
一緒にコーヒーが飲めただけで、うかれて、これじゃ、まるでジュニアハイのコみたいだ。
たぶん、耳まで真っ赤になってる。
もう、今さら無駄だろうけど、あたしは少佐から顔を隠すようにして、冷めたコーヒーをすすった。
「大尉は、かわいらしいな」
「へっ?」
思わず間抜けな声が出た。
今……なんて……?
「いや、まるで妹のようだ」
妹。妹か……。
あれ、でも…………。
あたしが顔をあげる一瞬の間に、少佐の表情は引き締まっていた。
さっきの穏やかな声と、アンバランスなくらい。
「忘れてほしい」
ただ、それだけを言われた。
見えない表情から透ける、青い焔のような想いをあたしは、確かに感じた。
頷くしかなかった。
耳障りな呼び出し音が、少佐から聞こえた。
「すまないが、行かなければいけなくなった」
「いえ、お気になさらないでください。少佐には、がんばっていただかないと」
「そうだな」
少佐のその言葉に、かすかな揺らぎを感じた気がした。
けど、それはきっと気のせいで。
「また会おう」
黒いマントが翻り、足音が遠のいていく。
その距離を縮めたいと、強く思った。
そのためにはなんだってする、と。



まだ、あたしは、今日のためだけに戦っていた。
人類の革新にも、少佐の悲しみにも、まだ遠かった頃の。
たった一杯の、コーヒーブレイクのお話。